福岡県太宰府市の介護付有料老人ホーム、はな太宰府では、介護付老人ホームの体験入居受付中。

はな太宰府

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ご入居さまの声

ご入居さまの声

 

ご入居者さま:岡本 博人さま

はな太宰府での生活を満喫しています。

昭和4年4月6日 93歳

2022年3月4日に入居

入居前は、西鉄五条駅前のいきいき情報センターのジムに毎日通って1時間トレーニングをしていました。
5年前に奥さまが他界され、ご本人も2年ほど前から体力の衰えもあり、ジムで転倒してしまったことがきっかけで老人ホームに入ることを決め、何か所か老人ホームを見学して回ったが、どこも暗いイメージで乗り気がしなかったそうです。
ところが、はな太宰府の玄関を入った途端、明るい雰囲気に「あっ」と直感的に思ったそうです。「ここはちがう」
心の中ですぐに「ここだ」と決めて、それからは入居説明なども気もそぞろで、これからの人生ここで暮らすんだという期待で一杯になったそうです。
入居してやっぱり思った通りだったとのこと。
食事は美味しいし、みなさん親切だし、快適に過ごしています。
今でも運動は欠かさず、自室でペダルこぎを頑張っています。
また、時間があれば頭の体操に「ナンプレ」(数独)に勤しみ、はな太宰府での生活を満喫されています。
 

ご入居者さま:住吉 貞子さま

はな太宰府では、たくさんの方とお話をして過ごしています。

昭和3年1月11日 93歳

2022年10月20日に入居

大野城市の農家に生まれ、幼いころから農業の手伝いをしており、21歳で同じく大野城市の農家に嫁がれました。
主に麦と米を作っており、自宅で食べる野菜も作っていました。
義母とともに農作業をしながら、30歳からは、大野城市の老人ホームで調理の仕事をはじめました。
朝3時に起きて、家族の朝食を作り、4時に家を出て、自転車をこいで職場に向かう。職場には一番に着き、ポンプの迎え水用にバケツで水を運び、火をつける。
老人ホームは1号館から3号館まであり、全員の食事を作って、15時に退社。女ばかりの職場だったのでいろいろありましたが、とても楽しかったですね。
それから自宅に戻り、義母の手伝いで田んぼに入り、夜は農作業に使うためのむしろを作り、夜中の23時にようやく義母からもう寝なさいと言われてそれから寝ていました。60歳で老人ホームを定年退職するまで、よく働きました。
長男だった夫の妹が出産で帰ってきた時は、赤ちゃんのおむつを川に行って洗ってあげたりしていました。
お義父さん、お義母さんなど、家族を大切にすることを、実家の母からしっかりと教えられていたため、買い物に行った時などは、自分の物よりも先に、家族のものを買っていたそうです。
老人ホームで働いたお金も、すべてお義母さんに渡し、自分の物は働くためのモンペを買うくらいでした。
わずかなお小遣いしかもらっていなかったため、実家に帰るときは、夫がこっそりお金を渡してくれました。
夫は、とても優しい人で、結婚してから94歳で亡くなるまで、一度も喧嘩をしたことが無かったです。
はな太宰府では、たくさんの方とお話をして過ごしています。
お食事は、栄養バランスが取れたものを提供していただいて有難いとおっしゃってました。
 

ご入居者さま:川上 文子さま

みなさんにとてもよくお世話していただいて居心地がいいです。

昭和4年3月博多区吉塚に生まれ、結婚して筑紫野市へ。
町育ちでしたが、農家に嫁ぎ、米作り、野菜作りを40代くらいまでしていましたね。
子どもが学生の頃は、農業のかたわら、博多駅ビルで電車通勤して働いていました。

歳をとってからは、元々田んぼだった所にアパートを建て、その他の土地も広かったので花を植え、季節ごとに土や肥料も替え、花づくりを楽しみ、作った花は、娘にプレゼントしたりしていました。
また、社交ダンスを習い、発表会(文化祭など)にも出ていましたよ。

若い頃からとてもおしゃれ好きで、60代までヒールを履き、近所の買い物もかならず着替えて出かけていました。
70代は、友達と博多座に行ったり、娘と天神に買い物に出かけたりしていましたし、80代になっても髪の毛を染め、ずっと変わらずおしゃれでしたね。
90歳になり、はな太宰府に入居しましたが、いつまでもおしゃれでいたいです。とお話しされました。

お相撲が大好きで、テレビの相撲中継は欠かさず見ていて、なかでも横綱鶴竜関の大ファンとのこと。
壁に飾られた番付表や大相撲のカレンダーからもその熱意が伝わってきます。

ご家族が近所にお住まいで、週に何度もお見えになっています。
ここの生活にもずいぶん馴染んできていらっしゃるようです。
「スタッフのみなさんにとてもよくお世話していただいて居心地がいいです。」
とはにかみながらお話しいただきました。
 

ご入居者さま:Mさま

今の生活は世界が広いから毎日刺激があります

ただいま85歳になられたMさま。「10年前に会ってたらまだ髪がふさふさしてたんだけどね。残念だね。」と明るく笑って言われました。
熊本県玉名町で5人兄弟の末っ子として生まれました。
昭和26年に高校を卒業し、予備校に行ってる時に友達から「警察官になろうか」と誘われ、友達と一緒に受験して合格しました。
熊本県は知り合いばっかりなので、友達が悪いことをしたら捕まえるのもなんだからと(笑)福岡勤務を選びました。
一度その県の警察署に入ったら、ずっとそこから出ることはないので、昭和27年3月からずっと福岡に住んでいます。
警察官採用試験合格後、警察学校に入り、そのころ警察学校は半年だったので半年で卒業して最初の勤務は小倉でした。
終戦後は食べるのが精いっぱいで、ヤミ物資が主な犯罪でした。
警察官も「妊娠してる」って女性が帯にコメを腹に巻いて運んでいたら、ある程度は見逃していたんじゃないかな。とMさま。それだけ生活が厳しかったそうです。
最初に配属されるのはみな派出所勤務で、そこで4年~5年鍛われて、その後登用試験で向き不向きを調べて、配属先が決まるのだそうです。Mさまは捜査関係に配属されたそうです。
平成4年久留米警察署を最後に定年退職されました。
身元調査じゃないけど(さすが元警察官 笑)はな太宰府にはいろんな人がいるけど、職員さんもよく面倒見てくれるから感心してるよ。
目が見えない、耳が聞こえない。そんな人もいて大変だろうけど、職員さんよく頑張ってる。
入居してるのは女の人が多いけど、女の人はこれまでの人生、家庭を守って家を守って子供を育てて、そうとう苦労している。一生涯頑張ってきた。うちの家内もそう。
男の人も仕事に行って頑張ってるけど、女の人はそれ以上に大変な苦労を背負ってきている。
それぞれの大変な人生を、よく話しかけて聞いている。話をすると、このおじさん面白いと思われていますが。(笑)
この人にはこういう話、この人にはこういう話と、いろんな人と話をして楽しんでいます。
これまで一生懸命に生きてきた人たちを、はな太宰府の職員さんがしっかりささえてくれているなと思う。
これまでは自分たちも二人の生活だったけど、今の生活は世界が広いから毎日刺激があり、ちょっといままでとは違うねと家内と共に驚いています。
ここの料理は美味しいです。おかずの種類も多い。
感心するのは、お魚の骨を一本もなく取っているところがすごい。
ここの食事を作る人は本当に大変だと思う。
自分が足を痛めて歩けなくなり、家内も動けなくなってきた。自宅で一生過ごしたいと思っていたが、それがどうしても無理になった。
子供たちにおんぶされるわけにはいかんと思い、家内に相談し、まずは見学ということで簡単な気持ちで来ました。
今は家内と二人で毎日を楽しく過ごしています。

 

 

 

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